□月 ●日  No2293 鳥類


朝倉の頬を高温とも冷温ともいえない奇妙な風が駆け巡る。蒸発した妖精たちがまき散らした残骸は大量の水蒸気をまき散らしていた。
更に妖精が一点に集中しているため周辺の環境に影響を与え始めてもいる。静かだった海は波を湛え、空は曇天へと姿を変えた。
幻想郷では見慣れた光景だが、月兎たちを恐慌に陥れるには十分だった。彼女たちにとってはかつてない大異変に見えるだろう。


熱線の放出源 冴月? いやちがう。 右腕に巨大な砲台を持つ鳥型の妖怪。 朝倉には見覚えがあった。地獄鴉だ。
しかし彼女の知る地獄鴉からは想像がつかない異形の姿になった。冴月麟の本来のシンボル八咫烏を強引に地獄鴉に組み込んだ結果
脚は冷却フィンを兼ねた異形の姿と化し、腕は熱線を放出することに特化した筒となっている。
胸にはおそらく冴月のコアの一部であろう巨大な瞳がのぞかせていた。
巨大な筒から放たれた熱線は一時的にしろ妖精たちを撤退に追い込んだ。おそらく火力だけではなく、彼女たちを逃げるように
「導いた」と考える方が妥当であろう。


「私の名前は 霊烏路空(れいうじうつほ) 現在はこの地獄鴉の体を借りている。」
霊烏路空と名乗る冴月麟に寄生された個体は朝倉に話しかけてきた。月兎たちは体を震わせながら硬直している。
霊烏路 すなわち 死者を導く鳥。それはすなわち月面において徹底的なステルス効果を発揮するために特化した名前である。
空とは見えぬものという意味である。空即是色の空 生者ではない者を示す。
間に合わせとは思えないほど合理的な名前は、現在進行中のこの事件が憑代となった地獄鴉が生まれた時から始まっていたことを
意味していた。


「知っているわよ。冴月、仰々しく自分の名前を言わないでもらえるかしら。」
「こいつ鳥頭で、わざわざこうやって記憶領域を起こしてやらないと本当に忘れるのよ。」
朝倉の突っ込みに対して霊烏路空は申し訳なさそうな表情で答える。
「鳥頭だから ”使える” でしょ。」
「まあ、ね。」


八咫烏だ。」
八咫烏がくれば大丈夫だ。
ここにきて月兎たちも自分が目にしている相手に気づきだした。
そもそも八咫烏とはこの月の都に住んでいた鳥のことである。正確には鳥というか既に怪しいものだ。
朝倉は最初八咫烏無人戦闘機の類だと思っていたほどである。もしかすると、ある程度自律行動が可能な
無人戦闘機の類というのが正しいのかもしれない。彼女が無人戦闘機と呼ばれるもう一つの理由は後述による。


突如、月兎があらぬ方向へと進軍していったのだ。
「とりあえず 妖精のいないところへと避難させたわ。 それにしても。」
「それにしても何かしら。」
霊烏路はあきれた表情で肩をすくめた。
「識別信号が1000年前から変わってないのよ。」
「はあ」


これには朝倉も苦笑いするしかなかった。