■月 ○日  No404 豚供養


この日、うちの社員は全員喪服姿となる。
「豚供養」が行われるためだ。 うちの会社では妖怪の食用にヒトのES細胞を用いた
豚を出荷している。 偽善的であるのだがギリギリの線だったらしい。
彼らは人間の代わりに妖怪たちの食料となっている。 彼らに哀悼の意を表するのが
この行事の目的である。


ボスは家畜を屠殺するとき、相手の目を見ろと言う。
当然家畜たちも死にたくはない。生きようと必死にもがく。
その表情を見たとき人間は何とも言えない表情になってしまう。それを見た
家畜たちは自分の運命に納得するのだという。
これは人間に命の重みを再認識するためのものでもあるが、こと幻想郷については
動物が妖怪になる可能性がつきまとうため特に重要な教えだ。


だから幻想郷ではご飯を食べるときは必ず手を合わせて「いただきます」と言う。
これは"「命」をいただきます"という意味である。
我々がいる結界の外も、食事の前にお祈りをする風習をもつ人間は数多くいる。
だが、重要なことは自分のために死んだ生き物に感謝することを
思い出すことなのだ。 そのためにこの行事は存在する。


神主が豚たちを供養するための祈りを捧げ、我々はその姿のまま
豚たちが屠殺される工場を見学する。そこで死にゆく家畜たちの表情を
見つめないといけない。 一瞬目を背ける者もいるし、毎年誰かが胃の内容物を
吐く光景が見られる。
家に帰ると考え方が変わったという新入社員のメールを多く受け取る。
自分も朝倉に送ったメールにそっくりな文面を見て、この行事の大切さを再認識するのだ。


目に見えぬ者を畏れること、そして感謝することは結界の外にいる人間にとっても
とても重要なことではないだろうか、そこに大切な真実が隠されているように思う。