□月 ★日  No569 「水に流す」の文化


出社したら朝倉の姿がない。 岡崎に聞いたら、私が幻想郷に出張していた時から
管理者研修というのものに3泊4日で出かけているらしい。
幻想郷に物資を送り届けるという特殊法人であっても、あくまで企業である。
管理者研修というのは、いわゆる外注の教育会社に依頼して管理職に必要な考え方を学ぶセミナーだと思えばよい。
その内容は体育会系の発想そのもので、大きな声を出すとか何かを暗記させられるとかスピーチをするとか
おおよそ管理者のための研修というよりは「しごき」に近いものが行われていると聞いている。


朝倉の代行を務めるのは玄爺とのこと。
感想としては「玄爺の清き流れに棲みかねて 今は濁りの朝倉恋しき」といった感じである。
色々な意味で厳しく、難しい課題を与えてくる。


玄爺を確かめる気はあまりないのだが、試しにひとつ質問をぶつけてみた。
なぜヴァンパイアの主人は自ら月に攻め込むのに月人たちを招いたのかである。
玄爺といっても今は魔法少女の姿で違和感の塊だがころころと笑って次のように教えてくれた。


幻想郷は我が国の価値観を色濃く持っている。 その中に「水に流す」という概念がある。
過去のことは置いておいてという意味で用いられる。
圧倒的な自然の脅威のシンボル「カミ」が共存する幻想郷にとって、そこにいる人々はあまりに無力だ。
わが国も同様に相次ぐ地震や風水害にさらされ続けてきた。
そこから何を学んだのか「仕方ない」という考え方を学んだのである。 これが「水に流す」という考え方の
ベースになったものらしい。


これは他国ではそうはいかない。民族丸ごと特定の民族に恨みを持ち続けるのは決して珍しくない。
そんな考え方の世界で生まれ育ったヴァンパイアの主人は過去に二度ほど大きな異変を起こしている。
そのたび退治はされるものの、次の日には隣人のように幻想郷の住民たち受け入れられてきた。
これは彼女にとって大きな衝撃であろうことは想像に難くない。
ヴァンパイアの主人は幻想郷の思想に順応した結果、友人を呼ぶのと同じ発想で月人すらパーティに
招き入れてしまったというのが本当のところだろうと玄爺は言っていた。
そして岡崎や霊能局は事大主義で困るとも言っていた。


玄爺によると朝倉は明日には戻ってくるらしい。
短い平和もとい、正直なところ少々さびしいところもあった。
ボスが彼女はまたビックになって戻ってくるだろうと言っていたが、玄爺はビックになった自分を
水に流してしまうのではないかと言って、部署内が笑いの渦に包まれた。


明日がちょっと怖い。