□月 ●日  No1147 真の間謀


季節は巡り冬の幻想郷。 今年の冬は特に寒冷化が厳しい年となった。
この日の紅魔館はうっすらと雪化粧が施されており、例年以上の寒さを演出していたと言える。
そんな紅魔館で幻想郷最大級のパーティが開催されることになった。
紅魔館の主人であるレミリア=スカーレッド主催による月面侵略の壮行会である。


「つまりだ、ロケットはあのババアどもに破壊されなかったという訳か。」
千里眼の謂われを持つという双眼鏡を片手に魂魄妖忌は毒づいた。
「破壊されるどころか月面の識別信号が付与された羽衣をご丁寧に貼られたわ」
テントの中でモノトーンの風景に似つかわしくない、深紅の服装に身を固めた岡崎夢美はそう応えた。
ヘッドホンを片手にコンピューター端末へ指を滑らせている。
「盗聴ノイズが結構乗ってるわね」
ヘッドホンから流れる音には一定のタイミングでノイズが流れていた。
それは紅魔館を監視する者が別にいることを意味していた。


今回のイベントを監視している者がいるとすれば、先ず間違いなく霊能局と米帝が挙げられるだろう。
米帝はかつてのアポロ計画のおり月面に高度な知的生命体の存在を察知していた。
それは彼らの安全保障神話を維持するためには最大のリスクであるといえた。
これまでの月面人の工作により、観測機器はいずれも破壊され被害額も相当の額に及んでいた。
米帝としては設備を破壊した高度な知的生命体との接触を果たしたいというのが本音であった。
彼らの技術の一端は観測機器の破壊方法で既に見いだしていた。
それは一種のオーバーテクノロジと理解された。


一方で霊能局とは幻想郷の自治地域がある国家の組織である。
彼らの目的は恐らく米帝への牽制であることが想像できた。
オーバーテクノロジと呼ばれている月面の技術が収奪されることがあれば
国家間のバランスは再び崩れることは容易に予想できる。
彼らにとっては安全保障のための通常業務といったところだろう。


「それで本当にスパイが現れるんだろうな。こんな糞寒いところで待機させるんだから
 勿論情報はあるのだろう?」
 テントにつもった雪を払いながら魂魄は紅魔館の様子を凝視する。
「亡霊はスパイをあの月面人だと思っていますが、別にいることは間違いありません。 あっ。」
 岡崎は驚きの声を上げた。 同時に魂魄もまた紅魔館に対する異変に気づいていた。
「なんだあいつは」
 魂魄が目にしたものそれは羽衣に身を纏った見たこともない妖怪の姿であった。

「朝倉さんから連絡が来ました。 あれが本命のようです。」
 岡崎が叫ぶ。
「おい、何処の馬の骨と分からん奴に喧嘩を売るのか?」
「そうでもないようです。 あれは竜宮の使いです。」


竜宮の使い その言葉は魂魄にも聞き覚えがあった。
空気を読むと言う龍神の側近と言われている。
だがここに一つの疑問が残る。
何故彼女は龍神の使いと名乗らず、竜宮の使いと名乗っていたのかということだ。
そして竜宮にはもう一つの意味がある。 それは竜宮とは月の都の隠語であると言うことだ。


「で、どうすればいい?」
 魂魄は竜宮の使いと呼ばれる妖怪と十分距離を保ちながら岡崎に尋ねた。
「彼女が変な行動をしないか見ていただくだけで結構とのことです。」
「で、こいつが襲いかかってきた場合はどうすればいいと思う?」
 明らかに相手は距離を詰めてきていた。
 この緊迫とした空気を読まれたことに魂魄は舌打ちした。 
 このままでは数分もしないうちに接敵してしまう。


「おい、岡崎 どうするよ。」
 魂魄が悲鳴じみた声で岡崎に尋ねた。
「囮になって下さい。機材をやられるわけにいきません」
 岡崎は冷静さを保ったまま応える。
「マジかよ。」
 魂魄は意を決した。 攻撃態勢をとるべく、刀とスペルカード両方に手を掛けた。