□月 ●日  No1266 嵐の前


天狗の住まう場所 妖怪の山には天狗の工場があるという。
しかし、上白沢慧音はそこには何もないと言っていた。
確かに妖怪の山を単純に観察すれば何も変哲のない山である。
だが、その地下では機械の地殻が唸り声をあげていた。


稗田阿求の号令により、かつて浅間山と呼ばれていた山は
真の姿を現そうとしていた。 動力源の破壊によってその姿を変えたという浅間山
そのかつての姿がこの妖怪の山と呼ばれていた。


大地は割れ、山は隆起する。
割れた地面からは、二対の列車のレールがまさしく天に向かって伸びていく。
隆起した山頂からは航空管制室が姿を現し、地面から数十本のアンテナが伸びていく。
まるで植物の観察記憶を早回しでみているかのようである。
さらに山は大きな胎動を見せる。山が文字通り山頂を中心軸として回転し
紅魔館の方向を向き動きを止めた。 


「リフトアップ完了しました。」
「標準セット ミンタカ アルニタク アルニラムの空間軌道へと割り込みます。」


オペレーター式神はきびきびとした声色で状況の報告を行う。
稗田阿求はその報告を満足した表情で聞いていた。
しばしの沈黙の後 意を決した表情へと変える。」


「時は満ちた」
「フリーダム インベテンデンスカウントダウン」


阿求の大号令


「5・4・3・2・1 フリーダム発進」
「続いて インベテンデンスのカウントダウン」
「5・4・3・2・1 インベテンデンス発進」
「フリーダム および インベテンデンス システム正常」


列車ではあり得ない急速な加速。悲鳴を上げるレールから仕掛け花火にような
火花飛び散り、二機の列車は宙を舞う。 



「列車は無事に発進したらしいな。」
「とうとう、発進したのね。」


宮内省管轄 霊能局の休憩所の昼下がり。
留守番を仰せつかった、櫻崎比良乃と妖怪油すましこと草蓮は畳の上で寛ぎながら、
通信を傍受したり、新聞を読んだりして怠惰な時を過ごしていた。


「なになに、ケイマン諸島にCIAだってさ。」
列車発進と時と同じくして入ってきた速報を聞いた草蓮はぱっと飛び起きた。
「ケイマンって妖怪の資本のロンダリング場所でしょ。」
畳で寝っ転がりながら、クッキーを食べている櫻崎は生返事で答える。


幻想郷を維持するためには物資が必要だが当然のごとく金がかかる。
その金はどこから来ているのか? 一説には事業に成功した妖怪達の資本が関わっていると
言われている。 
それらのお金はタックスヘイブンたるケイマン諸島で一度資金洗浄されて
八雲商事などを通して幻想郷に流れる仕組みとなっているのは半ば公然の秘密だった。


「でもこれって、妖怪の資本に喧嘩を売るってことだよな。
 アメリカってサブプライムで実態経済はまずかったよな。」
ニュースを聞いた草蓮は難しい顔をしながら一連の流れを聞いていた。


「証券会社破綻するんじゃないかしら、救済買収なくなるわね。」
櫻崎も事態が切迫していることをひしひしと感じていた。
携帯電話の株価サイトを確認し、値動きを見ている。
ニューヨーク株式市場は早耳の投資家がいるのだろうか乱高下しはじめていた。


実際問題として米帝は妖怪資本にかなり依存した経済体制を取っていた。
低所得者向けローンが破綻して、金融システムに綻びが出てきたためでもあった。
特に経営が悪化した証券会社をどうするかが問題となっていた時期でもある。
妖怪資本による証券会社の救済買収があるのではないか。当時の市場は
そう考え、楽観論が跋扈していた。
この結果として米帝は妖怪資本への依存度をさらに高めることになるだろう。
しかし、今回の流れはそれに反するものであった。
月面戦争が無関係ではないことは明らかである。


「とりあえず株売っておくか。」


二人は顔を見合わせて同じ事を言った。