□月 ●日  No1306 無料ヒッチハイク

「あのう、種子島宇宙センターってどちらでしょうか?」
「はあ?」


今日の分の仕出し作業に精を出していた有江ルミはこの無茶苦茶な質問につい素っ頓狂な声を出してしまった。
質問の主に目を向けると、おおよそこの地域では似つかわしくない学生服に身を包んだ女の子二人が
おどおどした表情で有江の姿をのぞき込んでいる。


黄昏酒場群、妖怪達の情報集積を目的としてつくられたことになっている場所。
実際は駅前の繁華街ということで人間だろうが妖怪だろうが客が集まってくる。
しかし、ここの店の店主はいずれも妖怪と少なからず関係している人々で構成される。
そうでなければ精神的に保たないともいう。
そんな大人のスポットである黄昏酒場に浮いたような可憐な女の子がやってくれば
面食らうのは当然のことである。


だが有江はその服装を見てすぐに違和感を感じた。
彼女の前のキャリアがこの二人の少女の正体に警告を出していた。
そこから彼女の行動は素早かった。「ではお調べしますのでお待ちください」と、二人に
熱い番茶を出して相手の動きを止めつつ、彼女の前の職業である八雲商事に事の次第を連絡した。


二人の少女はそんな有江の動きを全く意に介さず、好き勝手なことを喋っている。
「親切なひとでよかったね。」
「ほら、民間人に聞けば早いでしょ。」
「もうロケット発射しちゃったかな。」
「追いかけるの面倒だなあ。 発射する前だったら適当に爆薬仕掛ければいいんだけど。」


物騒なことを口にしていた。 
もっとも有江でなければ彼女らの意図は読み切れないだろう。
彼女たちは恐らくは月兎。理由はわからないがこの世界でテロ行為を行おうとしている。
有江はそう結論づけた。 幻想郷に関わる仕事をしていなければその発想はとうてい生まれないだろう。
彼女たちもまた、まさか民間人が自分が行おうとしている行為について理解しているとは思っても
いなかったと言えるだろう。


有江は二人に道を知っている人を呼んだと告げると、適当にお菓子を出しながら相手の話を
聞くことにした。 こういうところは酒場の店主だからできるテクニックである。
彼女たちは適当な嘘を言っているが、月の都の情勢について知っていることを外の世界の要素に
置き換えて尋ねると驚くほど合致した。 
有江の考えは確信に変わった。


15分ほど待っただろうか、有江の店を二人の人物が尋ねてきた。
彼女が見知った人物である。
「あら、比良乃ちゃんいらっしゃい。」
有江を訪ねてきたのは私服姿の櫻崎比良乃だった。
普段は巫女服を着用している彼女だが、二人の少女を警戒させまいと考えているのだろう。
有江は彼女にさらりと耳打ちする。隠語のオンパレードであり相手には二人の会話の意味は
判らないだろう。 
比良乃は無言で頷いた。


「えっと、宇宙センターまで送ってくれってこの子ですか?」
「そうそう。」
外では草蓮が車を停めて待っていた。
二人は櫻崎の意図はおかまいなしに「良かった」「ラッキー」と言いながらはしゃいでいる。


草蓮はそっと比良乃に耳打ちした。
「で本当に宇宙センターにいくのですか?」
「勿論、ロケットも爆破させる」
明るい声色で答える比良乃。
「替わりのロケットってあったんですか?」
「あるでしょ、目の前に」
「嘘」
草蓮は何故自分がここに留守番することになった理由に気づいてため息をついた。
草蓮 顕界に済む妖怪油すまし。 乗り物に擬態することができる。



外の世界の戦闘機。あくまで物理法則に従って空を飛ぶこの物体が幻想郷の妖怪と
まともに戦えるわけがない。自由に飛行できる妖怪達の挙動を外の世界の戦闘機は
真似をすることができない。だが、白狼天狗の目に映ったのは、
後進しながら弾幕を発する戦闘機の姿だった。
散開して弾幕を巧みに避ける白狼天狗たち。 彼女の小さな躰はこうした乱戦時に
効果を発揮しやすい。


「被害状況は?」
「二匹もっていかれました。」
白狼天狗たちは編隊を組みながら状況を報告し合う。
30匹中の2匹は素人的には微々たる被害に見えるかも知れないが、白狼天狗にとって
その被害は甚大であった。完全に油断していたことを天狗達は後悔したが後の祭りである。


白狼天狗は一度散開しながら弾幕回避を優先する機動を行う。 相手の弾幕を見切り
こちら側の弾幕を当てないといけないが、天狗の弾幕速度を考えると戦闘機を捉えるには
弾の速度が足りない。 背面をとれば間違いないはずの戦いだが、後ろをとらせたのは
寧ろ罠だったのである。


このままでは被害が拡大するだけだと白狼天狗は思った。
どうやって目の前の状況を処理するか、考えを巡らせている刹那、戦闘機の一機が
きりもみ飛行をしながら墜落するのが見えた。


何が起こったのか、白狼天狗の目に映ったのは、空に浮かぶ雲 の姿をした拳だった。
白狼天狗もそして戦闘機乗りたちも風景だと思っていたそれはまさしく入道であった。