□月 ●日  No1345 重なり合うもの


八雲商事技術部、幻想郷ゆきの列車の製造や河童とのコラボレーション技術などを統括する部署である。
社屋とは別の場所にあり、一定期間ごとに引っ越しされるこの場所は社内でも正確な場所は機密事項とされる。
北白河ちゆりは、技術部の扉を叩いた。 コンビを組んでいた同僚である岡崎夢美を訪ねる為だ。


彼女から直接応援の要求が来たとき、ちゆりは驚いた。 かつては一緒に幻想郷の研究をしていたが
この八雲商事に就職してからはそれぞれ別のセクションで働いていた。
夢美の行動は十分すぎるほど目立っていたのでコミュニケーションについては別に不自由はしていなかった。
しかし、直接応援となると話は別だった。 
ここを訪れるに際し、ちゆりは何枚もの契約書にサインする羽目になった。 
その殆どが守秘義務に関するものだった。 この契約書の通りならもし仮に会社を退職しても監視が付くと
いう物騒なものである。


ちゆりを出迎えたのは大学時代の服装のままの岡崎夢美だった。
会社の制服を着たちゆりにとって懐かしさも感じる姿である。
更にもっと驚いたのは研究所のレイアウトだった。 機材は最新鋭にアップデートされているものの
大学時代の間取りそのままであったからだ。


「あなたを呼んだのは他でもないわ。あなたのデータ処理能力が必要なの。」
ちゆりを座るよう促しながら岡崎夢美は口を開いた。 その席も当時の場所そのままだった。
「なあご主人、一体何を調べるっていうんだ。」
昔呼び合っていた当時のあだ名のままちゆりは答えた。 
何となくこの場所ではそう呼んだ方が良いとちゆりは思ったからだ。


岡崎夢美は一拍おいてゆっくりと答えた。
「ヴィヴィットに隠された情報よ。」
「なっ。」


岡崎の答えにちゆりは反応に困った。 まかりなりにも一緒に働いてる同僚のアンドロイドである。
人形であるとしても彼女は八雲商事に勤める一員だったし、彼女の頭脳を全て見るのはどうしても気が引けた。
なにより、そこまでしないといけない特別な事態があるのかと思った。


「15年前に何が起こったのかを徹底的に洗い出す。 ヴィヴィットが鍵を握っている。
 それを捜すのよ、ちゆり。」
幻想郷は存在すると言ったあの表情のままの岡崎を見てちゆりは無言で頷くしかなかった。



魔理沙は本当に月に旅立ってしまったのかね。」
「言い出したら聞かない、あのときと同じでしょう。」
「そうだったな。」
「頼む、魅魔よ。娘を無事に返してくれ。」


頭を垂らす初老の男。八雲商事でボスと呼ばれた女は顔を上げるようにと促した。


「15年前の轍は踏まないわ。あなたの娘は無事に帰還させる。」
頼もしい表情の彼女の姿に男はそれが気休めであるとしても不安を少しだけ取り除くことが出来たのだった。



一方、国家安全保障局ではカクタスカンパニーのエーリッヒ社長の捜索が進行していた。
彼の確保は国家安全保障上最重要な課題であった。
少なくても彼は、月にあるという文明が持つ技術に興味を示していたからだ。
エシュロンシステムの基幹を成す技術。 それが月の都の技術だった。
万が一、エーリッヒが月の技術に触れてしまえば安全保障に大きな揺らぎが生じる恐れがあった。
それは国際テロリストよりも脅威である。


「テングとの接続完了 エシュロン正常に稼働中」
「噂、流言飛語の全文検索を掛けろ。ハードウェア資産の70%こちらに回せ」
全文検索掛かりました、目標は地下地霊殿
エシュロンにジャマー、古明地さとりによるものと思われます。」
「テングたちに精神遮蔽 時間を稼げ。」
「掃除屋を回せ。 エーリッヒを確保しろ。」


地霊殿にいるというエーリッヒ。
彼の目的は何なのか。
国家安全保障局は正念場を迎えていた。