□月 ●日  No2531 下法


幻想の世界で宗教ってどうなのかって毎度思う時があるのですが
幻想の世界で奇跡を見せられても、顕界で科学技術を見せられるのとそう変わらないと
解った時、実は幻想世界で宗教戦争をやっていてもあまり顕界と変わらないのではないかと
思うわけであります。

仙人は宗教に嵌るのは自分がないからだと言います。
個人的に思うのですが、それは自分の中でバッファが残っている時であると
思うのですね。例えば大病を患ったとしても保険があったり、貯金があれば
すぐには問題はありません。
しかしながら、自分がもうダメだと分かった時はどうでしょう。
少なくても現状に絶望すると思います。


ところがここでちょっと厄介なことに気づきます。
ここで宗教戦争をやっている連中は、みんな死から遠ざかろうとした連中なのです。
つまりこいつらまとめてその点において俗に塗れまくっているのです。
だから人がついていかないで、賭けが始まってしまうわけです。
絶望を前に、悟ったのではなく力づくで突破した連中なのです。
所謂下法のオンパレードをやってのけたのです。


だからドンパチが始まるのは当然だったと言えます。
実際に異変を起こした仮面妖怪が予定と違ったと言っていまして
そりゃ、極楽浄土に行くためにカミに踊りをささげると言う
基本システムが吹き飛んでいるから妖怪になったのに
結局、残ったのは変質したイベントだけだったのです。


こっちは、現在進行中の異変に飲み込まれており面倒ですが
こちらのトラブルは実際のところこんなところです。
仮面妖怪にどつかれるのも至極当然という感じですね。


あかんこれ。