◎月 ★日  No 141 老紳士の遺言


中有の道で気をつけないといけないのは 知り合いに会うリスクがあることである。
幻想郷の存在は秘密であるが、中有の道は引き返すことも不可能ではないので、
うっかり口を滑らせたら何が起こるかわからない。
その道で会った人物は長身の好々爺であった。 それ自体は別に珍しいわけではない。
だが迂闊にも彼の言った言葉に反応してしまった「岡崎の言っていたことは正しかった」と。
私はどうしても確かめたくなって、その老人に話しかけてしまった。


聞けば岡崎は自分の生徒であるという。フルネームで名前を聞いても間違っていない。 
紛れも無く岡崎の恩師である。
彼女のあの説を唱えたあの日。 皆は彼女の説を取り合ってはくれなかった。
それはさながら、ダーウィンが進化論を唱えたときの雰囲気に似ている。 
荒唐無稽すぎて誰もまともにとりあってはくれないのだ。
だがこの先生は、岡崎の説が全くの荒唐無稽ではないことを見抜いていた。 理論的な部分や論は合理的であったためだ。
だが本人とて、すぐに信じることはできなかった。自分の常識的思考がまず頭を過ぎるからだ。


先生は唯一思い残すことがあるとしたら、岡崎の言っていたことが正しかったことを伝えることが
出来なかったことだと言っていた。
もし君がこの道を引き返すことができるのなら、どうかそのことを伝えては貰えないかと懇願された。
あなたが戻ればよいのではないですか? と尋ねたら「私はもう生きる気力が残っていない」と苦笑していた。


会社に戻ると岡崎はいない。ボスに聞くと外に出ているというだけである。
そこに喪服姿の岡崎と北白河が現れた。 普段は快活な岡崎の表情は深く沈んでいた。
なかなか言葉を出すことができなかったが、すれ違いざまに「先生は君の説は正しかったと言っていた」と告げると
岡崎は人目を憚らずざめざめと泣き崩れた。
その場面をみたボスが私に一喝したが、あとで事情を聞いて「ならば仕方がない」と言ってくれたのが嬉しかった。