□月 ●日  No711 海は幻想郷に無縁なのか


海の日らしい。この日になるとはしゃぐ一般大衆とともに海難事故も増加する。
が、幻想郷には海がない。 よって海産物の類やナトリウムは全て隙間妖怪の力か
当社によって賄われている。 私はどうしてもその事実に納得いかない。
ノーレッジ女史に聞いても満足な答えを得ることができなかったし、
朝倉は混怪の戦利品整理と称してまともに答えてくれなかった。
エレンのマジックショップで店番をしているソクラテスに戯れでそういう話をしたら
なんと、それなりの答えが返ってきた。


ソクラテス式神である。聞けばソクラテスはエレン嬢の情報端末としても機能するらしい。
彼女は自分が持つ誇大な記憶を維持するために、ふたつの人格を使い分けているが
その二つの人格の架け橋となる高度な情報バンクが彼なのだ。
隙間妖怪が従えている中間管理職狐のミニバージョンと呼ぶべきだろう。


幻想郷に海を実装できなかった理由。
それは海が現代における幻想の世界そのものであるからだという。
人類は海を資源として利用しているが、実は満足に探査できていない。
海底の生物や生態系は全くの手つかずのまま現代に残る幻想の世界として残っている。


幻想郷はあくまで「幻想になったもの」を集めた土地である。
「幻想そのもの」を集められるわけではない。
だから隙間妖怪が用意したフィルタをくぐり抜けてしまうのだ。
隙間妖怪が相当焦ったのは想像に難くないだろう。
大慌てで外の世界を繋ぐ流通機構を生み出すことになってしまったのである。


もうひとつ幻想郷に海が存在しない理由がある。
空間ループを用いるときに、ループ場所がどうしても地上に限られる制約があるからだという。
この辺の事情は要石を扱う比那名居家の人々に聞いた方がよさそうである。
顕界において海はループ場所でもある。 従って幻想の世界である幻想郷は海をループ場所として
利用することが出来ない。
これは幻想郷を海で取り囲むことが出来ないことを意味するのだそうだ。
こうなると海はドーナツ状の土地にある湖みたいなところになるが
そうなったら海としての機能が死んでしまうことになる。


どうやら、うちの会社というのは隙間妖怪にとっては予想外のトラブルを解決するために
急造した組織であるらしい。 幻想郷に海があれば、幻想郷そのものを完全に独立した
世界として回せると思うのだがそこまで甘くないと言ったところか。


エレン嬢が外出から帰ってきたようだ。ふわふわぱちぱちモードだったようだが
ソクラテスの報告でシリアスモードになったようだ。
「幻想郷に海がない理由?」つっけんどうな物言いでエレン嬢はこう続けた。
「人間が居なければ幻想郷が維持できないことを妖怪たちに思い知らせるためよ」


幻想郷の一面を少しだけ理解できたような気がした。





(注 つっけんどう=つっけんどんの京訛り