□月 ●日  No1064 クローム襲撃

「貴女が十六夜咲夜さんですね。」


人が寝静まろうとする夜間、月明かりが当たりを照らす時間
咲夜は香霖堂での捜し物を終えて一路紅魔館へ戻ろうとしていた。
そこに現れたのは、幻想郷ではあまりに奇異な姿をした女性。
全身を白づくめのコートらしきものに身を包み、眼鏡を掛けている。
恐らく視線の動きを悟らせないためのものであろう。
その風体は咲夜に警戒の姿勢を取らせるには十分だった。


「貴方、何者?」
 至極まっとうな疑問を投げかけてみる。


「そうねぇ、少なくても味方ではないわ。」
 少なくても普通に会話できる相手ではないらしい。
 警戒状態をすこし上げ、左脚をすこしだけ前に出す。 
 太腿に格納されているナイフは少なくても相手の死角となる。


「邪魔をするのならただでは済みませんよ」
 

「ちょっと試させて貰うだけよ。あなたが月に行って良いか。」
 相手は不敵な笑みを浮かべている。


「どうしてそれを?」
 

 咲夜は月に行くための資料集めの途中だった。
 香霖堂で見つけた得体の知れない円筒形の物体が書かれた本を手にとって
 帰路につく途中であった。 
 はじめはただのお嬢様の我儘に付き合っているだけと思っていた。
 だが、そのことを外部の人間が知っているとなれば、その理由を確かめる必要がある。
  空気の流れが明らかに変わり、異変に気づいた鳥たちが悲鳴を上げながら飛び立っていく。
 穏便に事を運ぶことはままならないことは明らかだった。
   

 咲夜はぱっと腕を横にかざした。彼女の能力時間停止の発動のためである。
 たちまち白づくめの女の背後を取ってナイフを首元に挿頭せばそれでよかった。
 が、咲夜は相手の動きに驚愕した。
 ナイフを挿頭したと思ったら、相手がいつの間にかすり抜けていた。
 相手が移動したのか、視線を運んだその先には天狗の姿をした女の姿があった。
 こんな天狗は見たことがない。
 それ以前に


「似合っていない」
 咲夜の言葉が弾幕戦の合図だった。


 相手の攻撃は無茶苦茶そのものであった。
 投げたナイフを回収しようとすると、相手は周囲を暗闇にして邪魔をする。
 かと思えば、闇を切り裂くようなレーザーが襲いかかってくる。
 時間を小刻みに停止させながら咲夜はすんでのところで躱した。
 今までに見たこともないタイプの相手である。


 酷いのは自分の知り合いの姿に変わりながら襲いかかってくるところだった。
 頭身が低い少女の姿で初めて映えるのに、長身の相手が同じ姿をすれば
 違和感どころの話ではない。

 
 紅魔館の近くに棲んでいるチルノとかいう妖精の姿にはげんなりするしかなかった。
 胸まわりははちきれそうだし、生足はもう少し処理をするべきだと思ってしまった。
 もしかしてツッコミを期待しているのかとすら思ってしまう。


 笑いをこらえていたためか、咲夜は自分が肩で息をしていることに気づいた。
 相手は余裕の表情であるが、ミスティアの姿をした相手の姿はいまいち緊張感に欠けていた。
 「やりづらい。」 咲夜は毒づいた。


 不意に相手が呟いた。 
 「通信はなしか」
 「どういうことでしょう」
 「えーと自分の立場、分かってる?」
 明らかに相手が困ったような声を上げている。

 
 「私は十六夜咲夜、紅魔館のメイドですがもしかして人違いではありませんか?」
 「それはそれで間違いはないけどおかしいな。」
 もしかすると言霊の段階で相手を圧倒できるかもしれない。 踏んだ咲夜は色々突っ込んだ。
 

 「スパイじゃなかったのか」
 「じゃなかったら、何なのです?」
 咲夜はいい加減呆れてきた。 もしかすると人違いで襲いかかったのかも知れない。
 いい加減カタをつけようと咲夜は思った。 
 さらなる時間停止の為、腕をかざす。
 相手が同じポーズをしているのが目に止まった。

 
 相手はメイドへと姿を変えた。 明らかに自分が来ている衣服と同じ。
 まさか相手は能力を盗むタイプか。
 それ以前に

 「笑いが止まらない 降参」
 咲夜はこう言うのが精一杯だった。 
 もはや腹筋が壊れたとしか思えないほど馬鹿笑いしてしまった。
 メイド服はサイズが合って無く、明らかにつんつるてんである。
 ニーソックスが穿かれているはずの太腿は何故か網タイツになっていて
 もはやギャグにしかなっていない。
 とにかく終わっているのである。 そういう形容しか出来ない。
 瀟洒からは数億光年は遠いであろうその姿は本気故に笑いを誘う。


 相手はがに股で硬直するだけだった。
 「今日はこの辺にしておいてあげるわ」
 結局相手は捨て台詞をのこして去ってしまった。

 
 あたりは何とも言えない静寂に包まれた。
 カードバトルは負けたがとりあえず自分が勝ったらしい。
 

 とにかく帰ろう。
 咲夜は腹筋にちょっとした痛みを感じながら、紅魔館への帰途についたのだった。