□月 ●日  No1078 遭遇


「迷った。」


八雲商事営業部にこの度赴任したばかりの浅間伊佐美は毒づいた。
商品輸送列車から降りてちょっと幻想郷を散策するつもりだった。
眼前に広がるは延々と連なる竹林。 幻想郷を少々侮っていた。


「帰るのはなんとかなるとしても、問題はアルコールよね」


脱出できるかどうかすら怪しいこの状況下でも浅間は至って平静である。
常に酩酊状態であるが故に気が大きくなっているせいなのかもしれない。


そもそも、経理にいた彼女が突然営業部に転属となったのは
黄昏酒場と呼ばれる飲み屋さんで騒ぎを起こしたからだった。
同僚は皆、騒ぎを起こしたための左遷と信じて疑わなかったが、
なぜか給料は大幅に増えていた。
浅間は最初営業手当が付いたから給料が増えたのではと思っていたのだが
竹林を散策しているときに不意に襲いかかってきた妖精を返り討ちにしているうち
なんとなくその理由が分かったような気がしてきた。
もしかすると自分の居場所はここなのではないか、そんな気すらしてきたのだ。


「あらあら、外の世界から来た人間のようだね。 大丈夫、私が来たからもう安心だよ。」
「?!」


背後から不意に話しかけられた浅間はさっと振り返ると軽く身構えた。
声の主の姿をまじまじと見やる。 
透き通ったような白い肌、寧ろ碧に近い髪の色は明らかに人間のそれではなかった。
アンバランスなお札の文様をあしらった紅のリボンが特に印象的である。


「私はここを巡回する自警団、別にとって喰ったりはしないよ。」


"助かった"と浅間は思った。どうやら捜索隊の一人に見つかったらしい。


「とにかく、この竹林から脱出できるように誘導するよ。」


自警団は言うなり、熱を発する飛翔体を周囲にばらまいた。
悲鳴と共に、周囲に道が開けていく。


「これは?」
「今まで化かされていたんだよ。」


浅間の問いに自警団はこともなげに答えた。
浅間が迷っていたのは妖精たちの悪戯のせいだったようである。
そういえば、自分が返り討ちにした妖精が襲いかかったのは何時のことであろうか。
どうやら妖精たちに仕返しをされていたようである。
自警団の道案内を頼りに歩くとものの数分で竹林の外へと出ることができた。


「有り難う、もう出られないかと思ったわ。」


浅間は助けてくれた自警団の人に会釈した。
自警団の人は、里への道を簡単に教えてくれた。


「一応、決まりでね名前を聞かせて貰えないかな。」


「私の名前は、浅間伊佐美です。 今日は有り難うございました。」
「浅間? 浅間 伊佐美?」


ふと自警団の人の態度が変わった。 浅間にはそう見えた。
自分が間違った対応をしたのだろうか、思考を巡らせている暇は無かった。


「ここで逢ったが百年目、いや千年目か。」


自警団の人が不意に襲いかかって来た。 一瞬なにが起ったのか浅間にも
理解しがたかったが、開いてのはなった弾幕紙一重のタイミングで避けきる。


「ちょっと、危ないじゃない。」
「危ない? 私が誰か忘れたのではあるまいか」
「私はあなたのことを知らない。 誰と勘違いしているの。」


そもそも、自警団の人が放つ弾幕をあっさり避けている段階で浅間は既に非凡な
能力の持ち主であった。 
それが何故かは判らない、体が勝手に反応し避けているのである。


「あなたが忘れていても私は忘れていないぞ、咲耶姫」
「私の実家で祀っているいる神様がどうかしたの。」


不意に自警団の人の手が止まった。
体は業火に包まれ見る者を圧倒する姿をしている。
この姿に対しても冷静でいられたのは、予めここに住んでいる者がどういう
ことをしてくるのかというレクチュアと、黄昏酒場での一件のお陰だった。


「ははは、傑作だ。木花咲耶姫を祀っている巫女か
 雰囲気がそのままだったから、本人だと思ったよ。」


迷惑な人だと浅間は思った。
藤原妹紅と名のったこの自警団の人は何でも死ぬ事が出来ないらしい。
その原因を作ったのが、浅間の実家で祀っている神である木花咲耶姫であるというのである。


浅間は記憶を辿ってみた。
思えば、自分が幾らアルコールを摂取しても大丈夫なのは
この木花咲耶姫の加護のせいだと聞いたことがあった。
遺伝子配列的には自分はあまりアルコールに強くないらしい。
自分に常時神下ろしが成されているという話も聞いたことがある。
そうでなければ今の戦いで自分が消し炭になっていた筈である。


浅間は妹紅の境遇に心底同情した。
自分が祀っている神のせいで迷惑を被っている人がいることを初めて知ったからだ。
とりあえず実家に戻ってこのことを確認してみよう。
何故、あの一件が起ったのか調べないといけない。


しかし


「どうして、私の命を奪わなかったのですか?」
浅間は率直な疑問を妹紅にぶつけた。
「私の弾幕を全部避けきったんだ どちらにせよ私の降参だよ。」
どうやら、浅間は妹紅に勝利したらしかったようだ。


浅間は妹紅に事の真相を調べると約束した。
真相を知ったところで問題が解決できるとは思えなかったが少なくても
納得させることは出来るのではないかと思ったのである。


気がつけば日は西に傾いていた。
不意に浅間の体が崩れかかる、妹紅が慌てて浅間の身を支えた。


「一体何が」
おろおろする妹紅、さっきまでの闘いはどこへやら。
「お、お酒」
「ええっ」


その後お酒が切れた浅間の恐ろしさを妹紅は散々思い知らされることになった。
妹紅は生まれてはじめて蓬莱の薬を服用して良かったと思ってしまったのだった。