□月 ●日  No1478 白沢と幻想郷


水、乾燥肉、火打ち石、そして書籍。
上白沢慧音は袋の中に入っている物を確認し、指さし確認をしていた。
博麗霊夢が、魂魄妖忌が月に到達したこの日。
慧音もまた異形へと姿を変えていた。 
頭には巨大な角が生え、碧い髪は深い緑へと、顔色には赤みは消えまるで化粧を施したように白くなっていた。
月に一度だけ彼女はこの姿になることができる。 これが彼女の本来の姿である。


慧音は満月の時だけ、幻想郷のありとあらゆる事を知ることができる。
歴史喰いの力を持つ彼女が最大限の力を発揮できる日が今日なのだ。
そして彼女は今危険を察知していた。 一刻も早くこの場を離れる必要があった。
今の彼女にとって相手の位置は筒抜けである。追い込まれる心配はまずない。
余裕を持ってこの場から脱出できるだろう。


彼女には気がかりなことがあった。
幻想郷のありとあらゆる事を知ることができる彼女の認識宇宙に月が加わりつつある事を。
今までは霧が掛かったように見えなかった月の様子が今は朧気ながらも見えつつある事を。
慧音は嘆息した。それは、月の都と幻想郷の同化が始まっていることに他ならなかった。



パチュリー・ノーレッジは月の都にロケットを導く際、満月の日に到達するように出発時刻を正確に指定した。
満月は月の魔力が満ちる日でもあるが、膨張した結界に隙間が出来る日でもある。
しかし、月に到達するには大切な物が足りない。 
それは認証の問題だ。 結界の隙間から月の都を観測することはできてもそこに辿り着くには
入場のためのトリガーが必要だった。
トリガーは思わぬところからもたらされた。八意永琳が月の羽衣の一部をロケットに貼り付けてくれたのだ。
八意永琳が紅魔館を尋ねてくることは想定内ではあったが、まさかあそこまで協力的だとは思わなかった。


八意永琳は妖怪が月の都を侵略しようとしているところまでは分かっているだろう。
だが、その手段は従来通りの方法であると考えているようだった。
「痛い目に遭うのは嫌だったから」と答えただけで、彼女はころころと笑って見せた。
勝ち誇ったような笑みは少々不快でもあったが、その笑みを浮かべていられるのもここまでだと思うと
我慢できた。
しかし、その後ろで輝夜姫がどうも不敵な笑みを浮かべていたのがパチュリーには気がかりでもあった。


ロケットが見えなくなって数時間が経過している。
月の結界を抜けてしまえば、ロケットは観測不能となる。
彼女に出来ることは最早待つだけである。
せめてお嬢様の安否でも知ることができれば、パチュリーはロケットを観測するときに用いた観測球を
今一度立ち上げた。観測球は霧の中を指し示している筈だった。
パチュリーは我が目を疑った。 観測球に剣の檻に閉じ込められた博麗霊夢の姿を見たからだ。
「どういうこと?」
パチュリー・ノーレッジは図書館にいる司書達に命令を下した。
今起こっている現象の原因を調査することを。



「ところで村紗、お前その復活とかするための宝の在処に心当たりがあるのか?」
双眼鏡の先で、弾幕ごっこに興じるメイド長の姿を認めながら、魂魄は弁当を食べている村紗に尋ねた。
ナズーリンが、慧音先生に聞いてくれって言ってましたよ。」
「はあ?」
魂魄は素っ頓狂な声を上げた。確かに上白沢慧音はこの満月の日なら幻想郷に対して全知の存在となれる。
しかしここは月の都である。 上白沢の力は及ばない筈である。


「詳しいことは私にも分かりません。 慧音先生に聞けとしか言われてませんから。」
村紗は慌てたような口調で魂魄に答えた。魂魄も少々大人げないと自分で思い始めて少し言葉のトーンを落とす。
「おいメイベル、コントロールしているアリスから上白沢とコンタクトが取れるか?」
「待機しろとって言われてるわ。」
魂魄の問いにメイベルは事務的に答えた。その目は空を見上げている。


メイベルの視線を追って天を見上げた村紗がみたものは"三本足の鴉"であった。